2001年2月〜2002年9月掲載
   

 

 






健康ジャーナル社編集部スタッフが、現在進行形の雑誌・単行本の編集こぼれ話、心に留めておきたいこと、怒り、愚痴(?)などを綴ったページです。どうぞごらんあそばせ。

 

 「妾(めかけ)」という言葉を覚えたのは小学校5年のときでした。
 当時、「あのねのね」というグループの歌が流行っていて、彼らの歌詞の中に、
「政治家になると妾をもちます、妾をもつとマスコミが騒ぎます(うろ覚えなのでたぶん正確じゃないと思いますが)」というのがあったのです。
 まだ子どもだった僕は僕なりに、この歌の意味を考えました。そして、「めかけ? そうか、見かけのことなんだ。政治家になると見かけばっかり気にするようになるからなんだ」などと勝手に解釈していたのでした。だったらなぜマスコミが騒ぐのかってところまで考えが及ばないのが、まだ子どもだったんでしょうね。
 しかし、事件はそれからしばらく経ってから起こりました(事件ってほどのものじゃないですが)。
 国語の授業中だったと思います。物語の主人公について僕が発表することになったときのことでした。
 新しく覚えた言葉や、言い回しのしゃれた言葉遣いなどは、すぐに使ってみたくなる、というお調子者の性格の僕でした。そしてさっそく、
「この人はめかけばっかりよくて、中身はあまりよくないと思います!」などと、堂々と発言してしまったのです。
 教室は一瞬シーンとなり、それから一気に大爆笑。先生などはメガネを外し涙を拭きながら、体を二つ折りにして笑っています。
 なぜみんなに笑われているのかわからなくて、ポカンとしている僕に、隣の席の女の子が顔を赤らめながら教えてくれました。
「あのね、妾っていうのは、自分の奥さん以外に付き合っている女の人のことなのよ! 二号さんとか、言うでしょ!」
 今度は僕が真っ赤になる番でした。めかけってそういう意味だったんだ。見かけという言葉がなまっただけじゃなかったんだ。ああ、だからマスコミが騒ぐんだ……。
 恥をかいてモノを覚えるという、典型的なパターンなのでした。そこで僕は初めて「妾」という言葉のホントの意味を知ったのでしたが、それにしても、授業にも、家庭にも出てこない(といっても、我が家はそんなに潔癖な家でもなかったのですが。「11PM」とか、家族中でギャハギャハ笑いながら見ていたりもしたんですが)この言葉を、僕以外のみんなが知っていたということが、なによりも驚きだったのでした。結構みんな進んでるんだ、などと思ったものでした。
 いまの子どもたちは「妾」なんて言葉は知らないんでしょうね。「妾」は「愛人」という言葉に姿を変えてしまいましたしね。それだけでなく「売春」は「援交」に、「セックス」は「エッチ」というように、恥ずかしくて言えなかった言葉が、口当たりのいい(?)言葉に変わり、市民権を得てしまっています。
 そういう言葉だったら、いまは小学生でも知っているんでしょうね。そして、堂々と、なんの恥じらいもなく、会話の中に溶け込んでいるのでしょう。授業中に「愛人!」声を上げて叫んだとしても、誰も真っ赤になったりはしないんでしょうね。
 恥じらいという概念は、もう完全に失われてしまったようです。いったいいつごろからこうなったのでしょうか。人前で堂々と化粧を直す若い女の子や、これまた堂々と携帯電話で会話している電車内のおじさんをチラッとながめながら思っています。向田邦子は、水洗トイレが普及するようになって汲み取り式のトイレがなくなり、バキュームカーとあの臭いもなくなった。人様に下の世話をしてもらっているという、後ろめたさのようなものを感じなくなってから、人々は恥じらいを忘れてきたようだ、と書いていましたが、なるほどな、と思います。

(S.Y)


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