2001年2月〜2002年9月掲載
   

 

 






健康ジャーナル社編集部スタッフが、現在進行形の雑誌・単行本の編集こぼれ話、心に留めておきたいこと、怒り、愚痴(?)などを綴ったページです。どうぞごらんあそばせ。

 


ふるさと

はじめまして。
入社したての事務のお姉さん(と言う事に…)です。
書くことにはまったく縁がありませんでしたので、私のつたない文章を披露するのは気が引けますが、その辺はご容赦願いたいと思います。

入社したばかりですが、夏休みをいただき帰省して参りました。
私の田舎は東北にあります。○○牛やラ・フランスなどをはじめとする美味しい味覚が堪能できる所です。

今回は、何を思い立ったか突然父が、最寄の(と言っても車で1時間半)漁港まで美味しい魚を食べに行こうというので、眠い目をこすりつつ早朝から車に乗り込みました。
雲がほとんどない快晴の中、山間を潜り抜けた先にはサファイア色の海が広がっていました。初めて海を見るわけではないのに、なぜが大きく感動する私でした。
地元の人しか訪れないという漁港傍の食堂では、取れたての魚介類がたくさん並び、好きなものを選んで捌いてもらうというシステムでした。
気がつくと、通称ノドグロ(喉黒)と言われる白身のお魚や、アマダイ・甘海老・イカ・うに等などの盛り合わせが目の前にでーんと置かれ、また蝦蛄(シャコ)のお味噌汁の大きいこと。これは残してはいかんと必死にむさぼりつき、もーお腹いっぱい!
そこでまた父の提案。昨年夏のJRのポスターにもなった我が県内にあるらしい十六羅漢を見に行こうではないかとのこと。これは昨年、そのあまりにも美しいポスターを電車の広告で目にした私が、父に場所を探しておいて欲しいと頼んだものでもありました。と言っても、地図で見るとそこは県の端から端へのながーい縦断移動以外の何物でもなく、またにしようよと父に告げるべく顔をあげた時、あまりに連れて行きたそうな父の顔を見て「運転疲れるんじゃないの?」と言ってしまうのでした。

さーまた出発です。おそらく高速道路を使っても3時間はかかるでしょう。
父は海岸線沿いを走りました。そこは、私達が幼かった頃に毎年連れて来てもらっていた海水浴場が並んでいる道でした。「いくつ海水欲場の名前を覚えている?」すっかり大人になった私に、まるで幼子に問うように父は聞いてきました。
快晴の空とアクアマリン色した海を横目で追いながら、ちょっと胸が詰まってしまいました。こうやって、小さい頃から大切にされ可愛がってきてもらったのであろう大切な思い出を、すっかり記憶の隅っこへ追いやってしまっている自分を淋しく思い、父の暖かさが胸にしみました。
途中、ドライブインへ寄るとだだちゃ豆のアイスクリームを発見し、即座に購入。
美味い!機会があったら是非食べてみて下さい。私には懐かしい味でした。
余談ですが、我が地方には枝豆を挽いて砂糖をまぜたものをお餅にまぶして食べる"じんだん餅"という食べ物があります。仙台あたりでは"ずんだ餅"と称されているようですが、"じんだん"です。
そうこうしている間にそれらしき町に到着。使い捨てカメラを購入し、いざ行かん。
あんなに見事な美しいポスターだったにもかかわらず、地元の人しか来ないような地味でひっそりとした場所にそれはありました。ヒールなんて履いてくるんじゃなかったと後悔しながら岩場を降りて行くと、海岸線の岩々の長さ役200m間に、22体の仏像の彫刻が厳かに点在していました。22体あるのになぜに十六羅漢?と思いながら、とりあえず記念撮影。
やはりプロのカメラマンってすごい!あのポスターの場所が、本当にここなのかと疑うほど地味なものだったからです。でも、それは口にしてはいけません。父が苦労して探して連れて来てくれた事を思うと…「綺麗だねー」「また来たいねー」。

帰路では、砂丘メロンを見つけて試食。美味しい。購入。だだちゃ豆はもう時期が終わってしまったそう。残念。
美しい自然と美味しい食べ物に囲まれ、思いがけない小旅行で、忘れていた大切な思い出を呼び覚まし、久しぶりに"田舎って良いなー"としみじみ思うのでした。
それは、いつでも暖かく迎え入れてくれる両親が、私の帰りを楽しみに待っていてくれているからなのでしょうけれど。
私の心身の健康は、この故郷で、両親の愛情の中つくられたものなのです。

さー、私の故郷はいったいどこでしょう?

(ビビアン)


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