2001年2月〜2002年9月掲載
   

 

 



 

 

健康ジャーナル社編集部スタッフが、現在進行形の雑誌・単行本の編集こぼれ話、心に留めておきたいこと、怒り、愚痴(?)などを綴ったページです。どうぞごらんあそばせ。

 

ときどきこんなことを考えます。
「ああ、自分はあと何回夕食を摂ることができるだろうか」と。
……別に不治の病に冒されたわけではありません。明日のご飯の心配をしなければならないほど、経済的に逼迫しているわけでもありません。しかし、あと自分が30年生きたとして、365×30=10950回の夕食、となると、えっ、もうそれだけしかないの? と思ってしまうのです。(まあこの数字をこれだけ、と思うか、そんなに、と思うかは人それぞれでしょうが、世界各国の料理を一品ずつ食べ、各家庭の自慢料理を一皿ずつたいらげていったら、とてもじゃないけど少なすぎる日数です、ってお前は美食の王様か)

冗談はともかく、僕はこのごろ食事に対して貪欲になっているのは確かなようです。どうせ食べるのならおいしいものを食べたい、と思うのはみんな同じだと思いますが、特に仕事が忙しくなったときにこそ、おいしいもの、栄養のあるものを食べて、明日の活力にしたいと切に思ったりするのです。時間がたっぷりあるときには思わなかったことで、わがままなヤツだなあと思うのですが。

しかし、最近の食に関する諸問題、例えば狂牛病だとか残留農薬だとか、いままで当たり前のように食べていたものが、もしかしたら当たり前に口に入らない世の中になりつつあります。そして、ここ最近、東京に限ったことなのかもしれませんが、おいしいものを、当たり前のように出してくれるお店が減ってきたようにも感じるのです。素材が悪くなれば、おいしいものを提供するのも難しいのは当たり前なのかもしれません。

そこで最近、僕は料理に目覚めました。もともと料理は嫌いではなかったのですが、一通りのレパートリーだけで満足して、その貧しいローテーションでやりくりしていたのですが、そんなベイスターズの投手陣のようではいけない! と思い直し、「ひとり暮らしのための料理」「超簡単! 3分クッキング」のような本を買い込んで(これを読んでいるみなさん、決してこんな僕に『悲哀』を感じないでくださいね)、料理三昧の休日を過ごしているのです。

そして新たに「エビのチリソース炒め」(これは大成功)、「きのこご飯」(水の入れすぎできのこ雑炊のような代物に変化)、「麻婆豆腐」(味噌の入れすぎで『辛味噌味豆腐の煮込み』に変化)などがレパートリーに入りました。今度はパスタのレパートリーを増やそうともくろんでいるところです。

で、その「料理本」なのですが、僕にはちょっと不満があります。「ここで豆板醤を入れて」はわかるのですが、なにしろ中華に豆板醤は必須ですからね、しかし「花椒」(だったかな、うろ覚えですが)普通のスーパーには置いていない食材を、さらりと「入れなさい」などと涼しい顔で指示するのは、あまり親切ではないと思うのです。多くの人はここで「そんなんだったらもう料理はやーめた」になるのではないでしょうか。

例えば「花椒」は胡椒で代用できますよ、とか、バニラエッセンスの代わりに、ちょっと牛乳を垂らしても可、なんていう、本当に実践的な「料理本」があったらいいのにな、と思う今日この頃です。「渡る世間〜料理本」だとか、「ケン○○ウの料理本」なんて、消費者は求めていないんだぞ、と声を上げて言いたいところなのです。いいや、求めているぞ、とおっしゃる方、ごめんなさい。
(S・Y)

 


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